生物有機化学研究室の研究内容   

 キーワード:天然有機化合物,生理活性物質,全合成,医薬品開発,機能性有機分子,蛍光分子

 
 ある機能を持った有機化合物を機能性有機分子と言います.世の中には様々な機能性有機分子が存在し,人間の生活に役立っています.人間が開発した,生体に作用する機能性分子として最も代表的なものは医薬品でしょう.生命科学の領域では,医薬品はもとより,特定の組織に対する生理活性を持った分子,生体内の分子と結合して蛍光を発する分子など小さな機能性有機分子が生命現象解明のためのツールとして活躍しています.このような機能を持った有機分子は,生命科学の発展に大いに寄与してきました.私たちの研究室では,生理活性が期待される興味深い分子の効率的な全合成法の開発,医薬品開発,新たな機能性分子の創製をめざし,主に以下に示すテーマについて研究を行っています.

1)生理活性が期待される天然有機化合物の全合成法の開発

2)医薬品の開発(学外共同研究)
 1)プロリン異性化酵素(Pin1)阻害剤の開発(広島大学,東京大学)

 2)神経保護作用薬の開発(国立精神・神経医療研究センター)
3)医薬品の開発(学科内共同研究,分子生命科学科医薬品開発プロジェクト)
4)農薬の開発(現在休止中) 
5)機能性蛍光分子の開発(現在休止中)
6)新規炭素-炭素結合形成反応の開発

1)生理活性が期待される天然有機化合物の全合成法の開発

 生体が作り上げた天然有機化合物を人工的に効率的に作り上げ,天然物や類縁体の生理活性検定を行い,医薬品の候補化合物を探します.当研究室では主に海洋生物由来の天然物の合成を行っていますが,他にも植物,微生物が作り上げた天然物の合成も行っています.

全合成の意義:1)希少生物の微量成分を天然に求めると絶滅や環境破壊につながるので,人工的に作ります.2)人工的に作ることで分子の構造を確定できます.3)天然物とその合成中間体の生理活性が測定できます.4)沢山の反応の積み重ねなので,学生の勉強になります.

全合成の楽しい点:1)生物が生体内で作り上げた分子を自分でフラスコの中で作り上げます. 2)とても大変ですが作り上げた時の喜びはひとしお.

 下に示した化合物は,当研究室で沖縄近海産軟体サンゴより発見したトリシクロクラブロンです.3つの環が存在する興味深い構造を持っており,生理活性が期待されます.そこで,生理活性の測定を目的としてトリシクロクラブロンの人工的合成法の開発を行いました.単純な化合物に種々の試薬を順番に反応させ,人工的に天然物を作り上げていきますが,なかなか思ったようにはいきません.天然物の全合成に決まった答えはありません.有機化学の知識を駆使して自ら答えを作り上げて行きます.
 

 この業績は次のページでハイライトとして紹介されています.もちろん英語です.http://www.organic-chemistry.org/Highlights/2005/03January.shtm

当研究室で全合成を検討し,すでに発表した化合物についてはこちら.

 また,全合成研究で得られた合成中間体は,東京大学創薬機構が保有する東京大学化合物ライブラリーに提供し,生理活性の測定を行っています.
 

2)医薬品の開発(学外共同研究)

 当研究室は大学発の医薬品開発を目指して研究を行っています.
 現在,以下の学外研究機関と2つのプロジェクトについて共同研究を行っています.

1)広島大学医学部 浅野知一郎教授,東京大学創薬機構 岡部隆義教授
○プロリン異性化酵素(Pin1)阻害剤の開発
2016年11月30日
 特許出願2016-231875 対象疾患:潰瘍性大腸炎等
2017年2月1日
 2016年度冬季DSANJ疾患別商談会に出展 DSANJとは
2017年8月7日
 特許出願2017-152806 対象疾患:非アルコール性脂肪肝(NASH)等
 特許出願2017-152807 対象疾患:非アルコール性脂肪肝(NASH)等
 特許出願2017-152808 対象疾患:非アルコール性脂肪肝(NASH)等
2017年8月29日
 2017年度夏季DSANJ疾患別商談会に出展 DSANJとは
2017年11月29日
 国際特許PCT出願PCT/JP2017/42804 対象疾患:潰瘍性大腸炎等
2018年8月6日
 国際特許PCT出願PCT/JP2018/29495 対象疾患:非アルコール性脂肪肝(NASH)等
 国際特許PCT出願PCT/JP2018/29496 対象疾患:非アルコール性脂肪肝(NASH)等
 国際特許PCT出願PCT/JP2018/29497 対象疾患:非アルコール性脂肪肝(NASH)等
2019年9月吉日
 本プロジェクトに関し,製薬ベンチャー企業Anenti Therapeutics社(CEO:Jeffrey Encinas氏)を設立しました.今後さらに強力にPin1阻害剤開発を進めていきます.
2020年3月12日
 特許出願2020-043237 対象疾患:非アルコール性脂肪肝(NASH)等 
2020年3月吉日
 現在各国移行中の第1〜第4の特許全てをAnenti Therapeutics社にライセンスアウト(独占的利用許諾)しました.今後はAnenti社の資金で医薬品開発への展開を行います.
2020年11月17日
 特許出願2020-191046 対象疾患:新型コロナウイルス感染症
2021年3月9日
 国際特許PCT出願PCT/JP2021/009233 対象疾患:非アルコール性脂肪肝(NASH)等
2021年3月9日
 本プロジェクトがAMED新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業(新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する研究)に採択されました.(課題名:Pin1阻害化合物を用いる新型コロナウイルス感染症(COVID-19)治療薬開発,代表:浅野知一郎先生).
2021年5月15日
 潰瘍性大腸炎治療薬開発の論文がCells誌に掲載されました.
2021年9月17日
 PCT出願中の特許の1つが米国で特許成立しました.2021-09-15 Letters Patent.pdf
2021年9月17日
 Pin1阻害化合物を用いた新型コロナウイルス感染症(COVID-19)治療薬開発に関する論文がSci. Rep.誌に掲載されました.
2021年9月17日
 Pin1阻害化合物を用いた新型コロナウイルス感染症(COVID-19)治療薬開発に関し,広島大学にて浅野先生と坂口先生が記者会見を行いました.yahoo news
2021年9月17日
 Pin1阻害化合物を用いた新型コロナウイルス感染症(COVID-19)治療薬開発に関し,プレスリリースの記事が東京薬科大学HPに掲載されました.プレスリリース
2021年9月21日
 マスコミの報道をまとめたものが東京薬科大学HPに掲載されました.マスコミまとめ
2021年11月16日
 国際特許PCT出願PCT/JP2021/42013 対象疾患:新型コロナウイルス感染症
2022年1月26日
 PCT出願中の特許の1つが昨年末に米国で特許成立していました.こちら
2022年4月14日
 PCT出願中の特許の1つが日本で特許成立しました.こちら
2022年6月17日
 本プロジェクトがAMED新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業(3次公募)に採択されました.(課題名:新型コロナウイルスに有効な治療薬としてのPin1阻害剤の開発を加速するための基礎研究,代表:広島大学:坂口剛正先生).
2022年7月11日
 36種の化合物合成に成功.東大創薬機構に発送.合成数ランキングも更新.
 次回(10月下旬頃),約30種発送を目指し,最適化合成を進めています.
2023年7月6日
 10種の化合物合成に成功.東大創薬機構に発送.合成数ランキングも更新.
2023年9月8日
 特許出願2023-146494 対象疾患:ウイルス性感染症
2024年1月15日
 8種の化合物合成に成功.東大創薬機構に発送.合成数ランキングも更新.
2024年2月19日
 10種の化合物合成に成功.東大創薬機構に発送.合成数ランキングも更新.
 次回(3月下旬頃),約10種発送を目指し,最適化合成を進めています.

2024年2月19日 
 次回発送に向け,0種の化合物合成に成功.


 
 最適化化合物合成数(広大東大共同研究)ランキング こちら

2)国立精神・神経医療研究センター(NCNP) 荒木敏之部長
○神経保護作用薬の開発
2017年2月1日
 2016年度冬季DSANJ疾患別商談会に出展 DSANJとは
2019年2月14日
 本プロジェクトがAMED革新的医療技術創出拠点プロジェクト(橋渡し研究戦略的推進プログラム:シーズA)に採択されました(代表:荒木敏之先生).
2019年5月吉日
 本プロジェクトに関し,バイオベンチャー企業Jiksak Bioengineering社と共同研究契約を締結しました.今後NCNPとJiksak社と我々の3者で本プロジェクトを推進していきます.
2020年3月27日
 本プロジェクトがAMED慢性の痛み解明研究事業に採択されました.(課題名:神経軸索保護剤による神経障害性疼痛治療法開発研究,代表:荒木敏之先生).
2023年1月10日
 新規化合物14種をNCNPに発送.合成数ランキングを更新.
2023年2月1日
 新規化合物11種をNCNPに発送.合成数ランキングを更新.
2023年7月6日
 新規化合物20種をNCNPに発送.合成数ランキングを更新.
2023年9月吉日
 本プロジェクトがAMED慢性の痛み解明研究事業に再度採択されました.(課題名:SARM1阻害による神経原性疼痛抑制効果機序の多様性に基づく新規治療標的の開発,代表:荒木敏之先生).
2023年10月13日
 NCNPとの共同研究の成果を特許申請しました.詳細はまだ秘密です.
 特許出願2023-177619 
2023年11月30日
 新規化合物13種をNCNPに発送.合成数ランキングを更新.
2024年3月19日
 新規化合物10種をNCNPに発送.合成数ランキングを更新.
 次回(6月下旬頃),約20種発送を目指し,最適化合成を進めています.

 
 最適化化合物合成数(NCNP共同研究)ランキング こちら
  
 それぞれ当研究室でヒット化合物(医薬品の種)を基にした化学構造の最適化研究を行い,先方の研究機関でターゲットとなる疾患に対する生理活性の測定を行っています.

3)医薬品の開発(学科内共同研究,分子生命科学科医薬品開発プロジェクト

 分子生命科学科では医薬品開発プロジェクトを行っています.プロジェクトHPへ
 当研究室では現在,以下の4つのプロジェクトについて共同研究を始めています.


1)細胞情報科学研究室,生物有機化学研究室,理化学研究所
○CBX2阻害剤(がん治療薬)の開発
 細胞情報科学研究室でターゲット分子同定済み.
 細胞情報科学研究室にてインシリコによるヒット化合物探索済み.
2017年8月末
 インシリコによるヒット化合物を基に当研究室で化合物を100種デザインし,1回目のスクリーニングを理化学研究所で実施. 
2018年4月上旬
 2回のインシリコスクリーニングの結果をもとに化合物を約10種デザインし,最適化合成を開始.
2018年度は牧田さんが化合物合成を担当し,33種の化合物を合成,提供しました.
2019年10月31日
 7月に発送した化合物の活性測定の結果が帰ってきました.今までで格段に活性の高い化合物がでました.
2019年11月14日
 22種の化合物合成に成功しサンプルを発送.和田健くんが合成.細胞情報科学研究室と理化学研究所にて活性を測定.
2020年3月2日
 8種の化合物合成に成功しサンプルを発送.細胞情報科学研究室と理化学研究所にて活性を測定.
2019年度は和田健くんが化合物合成を担当し,42種の化合物を合成,提供しました.
 次回,5月下旬頃に20種発送を目指し,最適化化合物合成を進めます.


2)腫瘍医科学研究室(生命医科学科),細胞情報科学研究室,生物有機化学研究室
○慢性骨髄単球性白血病治療薬の開発
 腫瘍医科学研究室でターゲット分子同定済み.
 現在,細胞情報科学研究室にてスクリーニング系の確立中.
 ヒット化合物が出次第,当研究室にて構造最適化.

3)分子神経科学研究室,分子生物化学研究室,生物有機化学研究室
○先天性末梢神経変性症治療薬の開発
 分子神経科学研究室でターゲット分子同定済み.
 現在,分子生物化学研究室にてHTSによるヒット化合物探索中.
 ヒット化合物が出次第,当研究室にて構造最適化.

4)分子神経科学研究室,分子生物化学研究室,生物有機化学研究室
○先天性中枢神経髄鞘変性症治療薬の開発
 分子神経科学研究室でターゲット分子同定済み.
 現在,分子生物化学研究室にてHTSによるヒット化合物探索中.
 ヒット化合物が出次第,当研究室にて構造最適化.
 
 それぞれ当研究室でヒット化合物(医薬品の種)を基にした化学構造の最適化研究を行い,生物系研究室で生理活性の測定を行います.

4)農薬の開発

 某農薬系化学企業から依頼を受け,農薬の開発研究を開始しました.
2017年春
 伊藤先生がひそかに合成した化合物18種を農薬系化学企業に提供し,農薬としての種々の活性を測定.
2017年秋
 農薬系化学企業より活性測定の結果が報告.2種の化合物が興味深い活性を示しました.
2017年12月
 2種の化合物をもとに35種の化合物を新規デザインし,卒論生12名総出で化合物合成を開始しました.
2018年6月下旬
 MTA(試料提供契約)締結完了.農薬系化学企業に38種の化合物を発送.
2018年9月中旬
 農薬系化学企業より活性測定の結果が報告.数種の化合物が興味深い活性を示しました.この中の2種に絞り,さらに高活性かつ特許性の高い化合物の開発を目指して最適化を継続することになりました.
2019年5月14日
 MTA(試料提供契約)締結完了.農薬系化学企業に40種の化合物を発送.
2019年10月中旬
 農薬系化学企業より活性測定の結果が報告.活性の強い化合物もありましたが,さらなる高活性化には至らず残念.ここで本プロジェクトは一時中断となりました.また機会があれば再開します.

 

5)機能性蛍光分子の開発

 生体内の分子との相互作用により,蛍光強度,波長が変化する蛍光分子の開発を行い生体機能の解明を目指します.特に金属イオンとリン,ヒ素に応答する蛍光分子の開発について検討しています.
 
蛍光分子開発の意義:1)生体内(細胞内等)で活動している酵素,タンパク質,金属イオンなどは見ることが出来ませんが,蛍光分子と相互作用させると見えるようになり,顕微鏡等で変化や動きが追跡可能となります.
 
蛍光分子開発の楽しい点:1)蛍光分子がうまく作れるとフラスコ中で光ります.2)面白い機能を持った性能の良い蛍光分子の開発に成功すれば,市販されて他の生命科学者に使ってもらえ生命現象の解明に役立ちます.
 
 下に示した化合物は,当研究室で開発した亜鉛イオンを検出して色が変わる蛍光分子です.亜鉛イオンがないと422 nmの光を発し青色になります.亜鉛イオンの濃度が増えてくると503 nmの光を発し緑色になります.422 nm(青色)と503 nm(緑色)の光の強度の比を取れば,正確な亜鉛イオンの濃度が測定できます.亜鉛イオンは生体内に存在し,様々な生理現象に関与しています.生体内での亜鉛イオンの動態が可視化できれば,亜鉛イオンの働きの詳細が解明できるかもしれません.
 

6)新規炭素-炭素結合形成反応の開発

 従来の方法より格段に効率的な化合物の合成を可能とするような新しい反応の開発を行います.