研究内容(横堀伸一)


無脊椎動物の分子系統解析

A. ミトコンドリアゲノムの遺伝情報に基づく無脊椎動物の分子系統解析

 ミトコンドリアは真核生物特有の細胞内小器官(オルガネラ)であり、TCA回路や電子伝達系を持ち、エネルギー生産など様々な重要な働きをしています。そのようなミトコンドリアの起源は、原真核細胞に細胞内共生したαプロテオバクテリア(真正細菌の一グループ)であると考えられています。元々独立した真正細菌であったミトコンドリアは独自のゲノム(ミトコンドリアDNA)、複製、転写、翻訳といった遺伝情報系のシステムを現在でも持っています。しかし、進化の過程でミトコンドリアDNAにコードされていた遺伝子の大半は核ゲノムに移行してしまい、現在のミトコンドリアDNAは数十個の遺伝子をコードしているに過ぎません。
 多細胞動物(後生動物)では、ミトコンドリアDNAは一般に37種の遺伝子(内訳は2種のrRNA遺伝子、22種のtRNA遺伝子、13種の蛋白質遺伝子)しかコードしていません(後述の様に例外はあります)。それらの蛋白質遺伝子はすべて電子伝達系とATP合成に関わる蛋白質(複合体)の一部の遺伝子をコードしています。ゲノムサイズも、15キロ塩基対程度(大腸菌Escherichia coliゲノムの0.3パーセントほど)しかありません。
 私たちは様々な無脊椎動物のミトコンドリアゲノムの全塩基配列を決定して、そのデータを使った多細胞動物の分子系統解析を行っています。これまでに、尾索動物(ホヤやサルパの仲間。脊索動物の一亜門)、軟体動物(その中でも特に頭足類:ヤリイカ、スルメイカ、ホタルイカ、コウイカ、マダコ、コウモリダコなど)、内肛動物(スズコケムシ)のミトコンドリアゲノムの解析をしていますが、その他にも様々な無脊椎動物のミトコンドリアゲノムの解析を進めています。全くミトコンドリアゲノムの解析が報告されていない、または1種類のミトコンドリアゲノムの配列しか報告されていない門はまだいくつもあります。それらのデータを埋めていくことで、より信頼できる分子系統樹が描けるだろうと考えています。

B. 尾索動物の分子系統解析と、尾索動物と原核藻類との共生の起源の解析

 尾索動物は、ホヤ、サルパ、オタマボヤの仲間を含む脊索動物の一亜門です。脊索動物には、他に頭索動物(ナメクジウオ)と脊椎動物の二つの亜門を含んでいます。尾索動物は、食用のマボヤHalocynthia roretziのような固着性のホヤ類と、プランクトン性のタリア類やオタマボヤ類からなります。尾索動物の共通祖先がどんな生物であったかを、尾索動物の分子系統解析をして明らかにしていくことは、直接脊椎動物の祖先がどのような生物であったかを考えることでもあります。私たちは、ミトコンドリアゲノムや18S rRNA遺伝子を使って、尾索動物の進化の道筋を明らかにしようとしています。
 また、尾索動物の中には(ホヤの一部:ジデムニ科のみに知られている)、プロクロロンやシアノバクテリアの様な原核藻類と共生している種類が知られています。私たちは、18S rRNA遺伝子の解析から、プロクロロンとホヤの共生が独立に何度も成立したと考えています。

ミトコンドリア遺伝情報系の進化

ゲノムのサイズの縮小に関連して、後生動物ミトコンドリアでは、普遍的に使われている遺伝暗号表から外れた、変則的な遺伝暗号表が使われています(後に詳しく述べます)。これは、動物の系統によって異なっており、後生動物の進化にともなって、ミトコンドリア遺伝暗号表も進化したと考えられます。遺伝暗号の進化には、それに関わるmRNA(その元となるゲノム)、tRNA、アミノアシルtRNA合成酵素の少なくとも3つの要素が関わっています。特に、アミノアシルtRNA合成酵素は細胞核のゲノムがその遺伝子をコードしているので、ミトコンドリア遺伝暗号の進化は、核・細胞質の遺伝情報システムとミトコンドリア内の遺伝情報システムの協調的な進化の産物であるといえます。
遺伝暗号:遺伝暗号表は1960年代に確立しました。原核生物の代表である大腸菌(Escherichia coli)や枯草菌(Bacillus subtilis:納豆菌の仲間)などから、植物、ヒトを含めた動物まで、共通の遺伝暗号表が用いられていることがわかり、すべての生物の起源が一つに求められることが明らかになりました。また、このことが、後の遺伝子工学や蛋白質工学を可能にした理由の一つです。
ところが、1970年代の終わりになって、上の普遍遺伝暗号表から少し外れた遺伝暗号表を使用している生物が存在することがわかってきました。下に示した遺伝暗号表はMycoplasmaという真核細胞に寄生する真正細菌の使用している遺伝暗号表です。UGAという終止コドンがこの生物ではトリプトファンを指定するコドンとして使われています。
1979年には、ヒトやウシといった哺乳類(後に脊椎動物すべて)のミトコンドリアの中で、遺伝暗号表が普遍遺伝暗号表と少し違っていることが明らかになりました。さらに、節足動物、線形動物、軟体動物、そして頭索動物などの無脊椎動物の多くのミトコンドリアでは、普遍遺伝暗号表と違うだけではなく、脊椎動物のミトコンドリアで使われている遺伝暗号表とも異なる遺伝暗号表が使われていることが明らかにされました。
私たちは尾索動物ミトコンドリアでは脊椎動物ミトコンドリアとも他の無脊椎動物ミトコンドリアとも異なる遺伝暗号表を使っていることを発見しました。尾索動物ミトコンドリア内で働くtRNAやアミノアシルtRNA合成酵素の性質を調べて、どのようにミトコンドリア遺伝暗号表が進化してきたのかを解析しています。

遺伝暗号(普遍暗号)表

codons

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