4月に応用生命科学科に誕生した「生物工学研究室」の教授に着任された冨塚一磨先生に大学院生の畑綾乃さん(環境応用動物学研究室 M1)がインタビューしました。

 

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(畑さん)いままで企業でどのような研究をされていたのですか。

 

(冨塚先生)私は企業で29年間研究に携わってきました。本学に着任する前は製薬企業(協和発酵キリン株式会社)の研究所で医薬品の研究開発を行っていましたが、入社から3年間は、キリンビールの研究所で美味しいビールを造るビール酵母の研究をやっていました。そして4年目からは、当時注目が集まりつつあった抗体医薬の技術課題(ヒトに対する抗原性)を解決するため、ヒトの抗体を産生するマウスを作る研究に携わりました。当時、米国の複数のベンチャー企業も同じマウスの開発に取り組んでいて、非常に競争の激しい分野でした。私達のグループは鳥取大学と共同で、1メガベースを越えるサイズのヒト抗体遺伝子全長をマウスに導入するため、染色体そのものをベクターとして利用する「染色体工学」と呼ばれる手法を用い、競合他社よりも性能の高い、ヒト抗体を産生するマウスを作ることに成功しました。その後、それまでライバルだった米国ベンチャー企業とタイアップして、このマウスを使った抗体医薬の開発を進めました。今年、このヒト抗体産生マウスによって作られた抗体医薬が欧州と米国で承認されましたが、私がこの研究に携わってから25年、ようやく医薬品として日の目をみることになりました。

 ヒト抗体産生マウスの技術開発が一段落した2000年頃、ちょうどヒトゲノム配列決定のタイミングでしたが、創薬の標的となるたんぱく質を探すために、生体での働きが分かっていない分泌たんぱく質を発現する遺伝子改変(トランスジェニック)マウスを1000種類作ることを目標にした研究を始めました。このマウスを使えば、すべての臓器でのヒトのたんぱく質の働きを知ることができます。実際に作ったのは約300種類でしたが、この研究から腸上皮を形作る基となる幹細胞の増殖を促進する新規のたんぱく質を発見しました。最終的には中止になってしまいましたが、そのたんぱく質を組み換え医薬品として臨床試験に進めたり、大学との共同研究で腸幹細胞の基礎研究にも貢献することができました。

 また、米国サンディエゴにあるラホヤ・免疫アレルギー研究所に出向し、教授の先生と共同研究を進めて、大学(アカデミア)のサイエンスの成果を創薬に結びつけるという仕事も経験しました。振り返ってみると、私はこれまで一貫して「バイオの力」をもっと知りたい、そしてそれを利用して新しいことができないか、何か役に立つことをやってみたいという思いで研究をしてきました。  

 

(畑さん)これから「生物工学研究室」ではどのようなテーマで研究を進めていきたいですか。

 

(冨塚先生)私は、生物工学研究室のキャッチフレーズを「生命に学び、生命をデザインする」としました。これは、学べば学ぶほど生き物はすごいなあと感じていて、何か少しでも生き物から知恵やパワーを得て人のために役立てたいという思いからです。企業では短期で計算のできる成果が求められがちですが、研究室では、応用を念頭におきながらも、これまで会社ではなかなかできなかった中長期的な視野に立ったテーマにチャレンジしたいです。特に大学の基礎研究と企業の応用研究の間にあるギャップを橋渡しする研究をしたいと考えています。

 具体的には、合成生物学という学問分野で研究を進めたいです。現在、私たちはゲノムの配列、いわば生命のプログラムを「読む」ことはできていますが、それを「書く」ことまではできていません。ゲノムの中でもたんぱく質を作る遺伝子の配列のことは分かっていますが、それ以外のゲノムの大部分(9割以上)の配列の働きや意味については実はまだよく分かっていない。しかし、こうしたゲノムの配列を含めたトータルで生き物が成り立っているのです。生き物が持つゲノムの配列の働きや意味を全て読み取って、私たちがゲノムを「書く」ための「テキストブック」を作るのが私の究極の夢ですが、この夢に近づける研究を一歩でも進めたいです。

 最近、数10キロから100キロベースにも及ぶ長さのDNAを合成する技術が進歩しつつありますが、こうした長いDNAを細胞に入れて機能を見るのは難しいというのが現状です。私がヒト抗体産生マウスを作る時に利用した染色体ベクターを使えば、メガベースを越えるゲノム配列を搭載した染色体ベクターを細胞に入れて機能を見ることが可能です。私は、まずはコンピュータ上でデザインしたゲノムの配列を合成して染色体ベクターに組み込み、細胞に入れて機能を評価するシステムを確立することを目指しています。このシステムを使って、例えばヒトの染色体は一番小さい第21番染色体でも50メガベース近くもあるのですが、ここから働きや意味を持たないジャンクなDNA配列を除いて、どこまでサイズを小さくしても第21番染色体として働くことができると分かるようになれば、「テキストブック」作りの第一歩になるのではないかと考えています。

 

(畑さん)話は変わるのですが、東京薬科大に来られる前に持っていた本学の学生の印象についてお聞かせください。

 

(冨塚先生)以前の会社での私の同期や後輩にも東京薬科大出身の方が多くいますが、皆、非常に誠実で真面目な方々です。本学に着任してもそのイメージは変わっていません。また、一方では自分から前に出てくる感じがあまりなく、大人しいという印象も持っています。こちらは、社会に出た時には良い面、悪い面になり得ることと思いますが、いずれにしても、東薬大の学生さんには非常に誠実、真面目でしっかり勉学に取り組んでいるというイメージを持っています。

 東京薬科大学に入ってから、特に生命科学部ではとても幅広い専門領域の研究室があることを知り驚きました。生命科学部の名のもとで、このような多様な研究を展開している大学は日本ではそうないのでないかと思います。私はこの環境を非常に気に入っています。

 

(畑さん)学生のうちにやっておいたほうが良いことをアドバイスして頂けませんか。

 

(冨塚先生)とにかく、メリハリをつけて「よく学んで、よく遊ぶ」ことです。また、インターネットが普及している現在ですが、やはり「生の情報」を得ることを大事にして欲しいです。例えば、自分がある先生の研究が面白いと思ったら、遠巻きに見ているのではなく、その先生の所に飛び込んで直接話を聞くことよって得られる情報は非常に多いということです。企業でも最近は、インターネットで得られる情報のみからストーリーを作って提案される研究テーマが多いのですが、それに対し私はいつも、その研究分野を一番知っている先生に直接会って「生の情報」を得ることが大事だとアドバイスしていました。そうすれば、例えば、うまくいく実験の条件だけではなく、インターネットでは得られない、うまくいかなかった実験の条件であったりとかが色々と手に入るわけです。こうした「生の情報」を得るために労力を厭わないことを心がけてほしい、また、その心がけを持っている人が最後には勝つのではないかと思っています。

 

(畑さん)学部3年生になると卒業研究の研究室を選びますが、どのような学生に来てほしいですか。

 

(冨塚先生)研究が好きなこと、何と言ってもやはり、それが重要ですね。研究が好きであれば、たとえ辛い時や困難にぶつかった時でも強いわけです。もう少しこれをやって見よう、あれも試して見ようとどこか活路を見出すことができます。この「研究が好きになること」は身につけることができると思います。ひとつには、先ほど話した「生の情報」を得る努力、つまり、教科書ではもう解決したように思われることでも、実際に研究している先生に聞くと実はあれもこれも分かっていないことが出てくるので、その研究の面白さを感じることができます。もう一つは、その分野の研究成果がどのように社会に役立っているかを知る努力をすること。私が今年から担当している学部3年生の「蛋白質工学」という講義では、蛋白質の構造や分析方法から始める従来のやり方でなく、まず自分の得意な抗体蛋白質が医薬品としてどのくらいの価値を生み出しているかついて学ぶことから始めて、「蛋白質工学」という学問がどれだけ役に立っているかを学生の皆さんに実感してもらえる授業を試みています。

 

(畑さん)共同研究について今後もなされるつもりですか。

 

(冨塚先生)もちろんです。私がこれまで企業で心がけてきたのは、自分だけで研究を進めるのではなく、その研究分野でトップを走っている先生と組むことであり、そうすることがプロジェクトの成功をもたらす必要条件と考えてきました。パートナーとの関係において、私は恩師から教わった「7対3の法則」ということを心がけています。これは、いつもこちらから相手に7を与え、相手からは3をもらうくらいの気持ちで進めることが大事という意味です。言い方を変えれば、自分にアイデアや強み、あるいは意欲が無いと良い関係は築けないということです。「7対3の法則」は共同研究に限らず友達や家族との関係においてもとても大事ではないかと考えています。

 

(畑さん)本日はどうもありがとうございました。