当研究室では、神経発生の基本的な仕組みを明らかにすることにより、その生理機能の破綻によって発症する疾患、特に神経変性疾患であるポリグルタミン病と精神疾患である自閉症・統合失調症に注目して、その病態の解明と遺伝子治療への応用を目指しています。さらに、ミトコンドリア機能調節機構に関する研究など、新しい研究分野のブレークスルーを目指しています。

私どもの研究に関心を持たれた方は、分子生化学研究室教授 柳()までご連絡下さい。
4人のスタッフ

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神経回路網形成のシグナル伝達機構

 神経発生過程において神経細胞は、軸索を進展し、最終的にそれぞれ特異的な標的を探し当て、神経伝達の場であるシナプスを形成する。この神経回路網の形成過程において、神経細胞が局所の標識分子を認識することの連続により、最終的な標的に至る。現在では,軸索ガイダンスにかかわる分子が次々と明らかになり、その分子メカニズムの解析がすすめられている。神経軸索の反発因子として発見されたセマフォリンはニューロピリンやプレキシンなどの神経系における受容体も発見されており、そのシグナル伝達機構が注目されている。一方、1995年にはセマフォリンの細胞内シグナル伝達に関与する分子としてCRMPが同定された。私たちはCRMPに結合する新規シグナル分子としてCRAMを発見し(J. Biol. Chem. 2000)、続いてCRAMに結合するチロシンキナーゼFes/Fpsを同定し、Fes/Fpsがセマフォリンを介するシグナル伝達に関与することおよび微小管動態を調節していることを見出した(EMBO J. 2002, J. Biol. Chem. 2003)。さらに最近、CRAMが成長円錐の形成に必須であること並びにセマフォリン応答を負に制御することを報告した (Mol. Biol. Cell 2005)。今後、セマフォリンおよび神経回路形成の基本的情報伝達システムを明らかにすることにより、神経発生機構および様々な神経変性疾患との関連性について解析したい。

神経変性疾患に関する研究

 ポリグルタミン病は原因遺伝子の同定により新たに提唱された疾患群で、原因遺伝子の翻訳領域内にあるポリグルタミンをコードするCAGリピートが、患者において特異的に伸張していることが明らかにされた疾患群である。現在、ポリグルタミン鎖をもつ変性蛋白質が神経細胞内に核内封入体を形成して、神経細胞に対して障害性を引き起こすことが疾患発症機構に密接に関与していると考えられているが、ポリグルタミン変性蛋白質がどのようなメカニズムで核内に移行するのか不明である。
私達は神経回路網形成過程を制御する分子群の探索過程において、新規の神経特異的核内GTP結合蛋白質CRAGを同定した(J. Cell Biol. 2006)。CRAGは核内において封入体を形成したので、ポリグルタミン病との関連を調べた結果、CRAGはポリグルタミン変性蛋白質と結合し、核内移行を制御する活性およびユビキチン化を誘導して消去機構に関与していることが示唆された。実際に、Machado-Joseph病(MJD)患者脳においてCRAGの異常集積が見いだされている。今後、CRAGによるポリグルタミン病の分子病態機構を解明し、治療に向けての分子基盤をつくりたい。

ミトコンドリア生物学に関する研究

 ミトコンドリアはエネルギーを産生する重要な細胞内小器官であり、進化論的には好気的バクテリア細胞が真核細胞に共生することによって獲得されたと考えられている。しかしながら、機能低下もしくは傷害を受けたミトコンドリアは活性酸素を漏出することにより細胞に障害を与えることが知られている。最近、私たちは傷害を受けたミトコンドリアの排除機構に関わる蛋白質(ミトコンドリアセプチン)を見いだした(Genes Cells 2003)。ミトコンドリアセプチンは傷害ミトコンドリアを特異的に認識し、独特の封入体を形成し細胞外へと放出、あるいはリソソームとの融合を促進する活性が認められた。現在、ミトコンドリアセプチン異常マウスを解析中であるが、予備的な実験結果において、ある種の自己免疫疾患との類似性が示唆されている。一方、ミトコンドリア側にも宿主の監視を免れようとするメカニズムに関与する新規のミトコンドリアユビキチンリガーゼが同定された(EMBO J. 2006)。今後、ミトコンドリアをバクテリアの一種と捉えなおすことにより、新しいミトコンドリア生物学の展開が期待できるかもしれない。